Diary 2009. 4
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4月30日 (木)   シロモンパ病で 立っている樹

 今日のヒーローは、同じ梅園で、同じように大手術を受けながら、未だに倒れないで頑張っている樹です。
陸上に立ち上がっている幹や枝の分だけ、地下にも根を張っているのです。 もう、ツッカイ棒無しで、自分の根っこで立ち、あの枝いっぱい実もつけています。 左の根っこの写真は正面の姿、真ん中は全体像で、根っこから見ると横になります。 左に見えるのは ”ツッカイ棒” ではありません。 昨年成りすぎて折れた枝で、地についたまま切り落としません。 先を見たいのです。 実もしっかりしたものでしょう。  主幹は、地上1.5mから2mくらいで切り落としましたので、逞しいのですが、立ち姿は、地下の根の張り具合というか、根の伸び方次第で地上に影響して、栄えていきます。 いびつな姿にもみえますが、堂々とおおらかに、自分に都合の良いようにバランスを取り、伸びたいように、伸びて栄えて生きています。  大したものです。

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4月29日 (水)   台風に裂かれ 生き残った片方

 平成に入って梅が大木になった頃、冷蔵庫の屋根も電源も吹っ飛ばした凄い台風を、まともに受けた梅園は、何本もの梅の樹が避けたり、折れたり、ひどい被害をうけました。
冷蔵庫の修復は専門や応援の人達に頼んで、私は大ノコと、剪定ノコと、傷口に塗るペーストを持って梅園に入りました。 梅の傷の加減は私にしか解らないのです。 傷の具合によって、残す幹の長さや、将来の立ち姿など、最大限の神経と計算を傾け、一生懸命手当てしたのを覚えています。
『真夏で季節的にも最悪だから助からない。諦めろ。』 と言われながら、 『枯れてもともと、助かれば丸儲け。梅の命だ』 と、一生懸命で切断したり、切り口や裂けた傷口にペーストを塗布したり、殆どの梅が、戦傷者のような、障害樹になりながら、横たわりました。 その梅達の今を、皆様にご紹介いたします。 ちょうど人間界では ”春の叙勲” です。 叙勲にも劣らぬ梅達の姿をご覧ください。
左の写真は、横から見た全体像で、真ん中は裂けて残った根方。  右はこの樹がつけている鶯宿梅の梅です。

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4月28日 (火)   見事な 自然盆栽

 今年も梅の収穫が目前に迫り、収穫時期を確かめるため、財部の梅園に行きました。
先ず、無意識に目指すのは、シロモンパ病 『人間の癌と似た病気』 で、大手術をした梅です。平成5年か6年の頃、モンパ病で次々に枯れていく梅園に、中嶋先生の指導で、エーザイ生科研から、孫工農学博士ご一行に来ていただき、治療しました。 根回り1.2mの梅の主幹の殆どを切り落とし、根のまわりを、深さ2mほどに掘り下げ、病気に侵された四方の根を全部切り落として、残った主幹の病巣部も ”のみ” で削り落とし、 『ダルマサン』 のようになつた樹を、杉の丸太で八方から”つっかい棒”で支え、患部に微生物と発根剤をまぜた”軟膏”をべったりと塗って、粉の発根剤と微生物を土に混ぜながら、手術した根を埋め戻していつたのです。
あれから20年余りたちますが、横倒しのまま少しづつ発根を始めたダルマのような主幹からは、新しい芽も出はしめた頃、台風でどったりと横倒しになりました。 駄目かと思いましたが、そのままその場所に寝かせておき、枯れたらその場所が終焉の地で、土に返れば良いと思っていたのに生き返り、今は立派に実もつけます。
左の写真が、その ”ダルマ” のようになった梅の、今年の花満開の姿です。 真ん中が現在の正面から見た姿。 右が横から見た姿で、実を一杯つけた鶯宿梅。 ダイナミックな盆栽です。

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4月26日 (日)   朝寝の 休養日

 しっかり朝寝してカーテンを開けたら、目の前に山紅葉の花が揺れています。 パッチリ! 目が覚めました。 飛び起きてカメラを握り、光線の関係を考えて、あっちに周りこっちに引き返しして写した、左の ”山もみじの花” 。 部屋の南側の窓辺に、夏の日差しを避けるため、考えて植えたものです。
気がつくと、久留米つつじも盛りを過ぎており、この山もみじと一緒に、栗野の牧場から持ち帰った つつじ を思い出しそのまま行ってみると、ちょうど花盛りでした。 花盛りと言っても、昨年まで ワラビ と一緒に梅園の一角に移植したまま、あれから40余年、草や雑低木に囲まれて、大きくなってはいたものの、枯れそうな状態を見つけ、昨年ここへ移植したばかりです。
左の写真が 山もみじの花。 真ん中が つつじの花ですが、これは ”ミヤマ霧島”と ”山つつじ” の 「合いの子」 みたいなつつじで、標高640前後の 栗野の牧場周辺に自生していたつつじです。 老年になった時の庭の メイン に移植して1年目、年々きれいになって行くでしょう。 
気がつくとベッドから出たままの姿。 足元に咲いている野花は、私が牧場をやっていた約5年間、この梅園を、住み込みで守ってくれた キサ子さんが、『やさしい花』 と、一番愛でていた野花が花盛りです。 雑草ですが、雑草として抜いて捨てきれないでいます。

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4月25日 (土)   青嵐に 落ちた梅

 暑かったり寒かったりの日が続きますが、昨日の雨風で梅の樹の下には、整理落果の他に風に落とされた梅がいっぱいです。
台風と寒波の害が避けられると見て、計画の最後に求めた一番若い ”荒川内” の鶯宿梅の畑に様子見に行ったところ、樹齢にそってそれなりの実をつけ、風雨による落果はなく、蜜蜂も平穏に巣箱を出入りしていました。 平成に入って最後に買った梅園ですが、単独で安定した生産面積を目指して、売買契約はしたものの資金の借り入れが出来ず、「手付金の50万は ”契約不履行” で流す」 と言う私に、4200坪を3年でも5年でも、『月賦・年賦・ある時払いの催促なし』 でも良いから、、と、初対面で、助け合いで買った思い出の畑です。 
土つくりと防風植林は、土地代未払いのまま、契約の翌年から始めた畑ですが、土つくりに時間がかかり、防風のため植えた ”どんぐり” は、昨年椎茸の原木になりましたが、梅はようやく青年に入りつつあります。実をつけていない樹もありますが、写真左のように鶯宿梅の一部は実をつけ、 右は 『ちび丸』 ですが、中くらいの実をいっぱいつけています。 
真ん中の写真は、雨風で落とされた、工場周辺の梅園の落ち梅。 もう少し! 後少しのところで、1年間の結果が土にかえるのです。

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4月23日 (木)   パッキン代わりの さつまいも植え

 今日は、お客様へ発送の時のパッキン用にと、恒例の人気の良いサツマイモ植えでした。
梅園の草刈組と、サツマイモの植え付け組、工場のほうでは臨時の季節作業員の人達が、大掃除前の片付作業で、緊張の日々が始まりました。 私は今年80歳、いくら元気だといっても、八方の指示と指導で疲れ果て、昼食が終る頃は半分眠りかけてしまいます。

梅園に行ってみると、今年は実の太りが本当に早いです。 写真左の小梅は、収穫が一番早いのですが、例年だと5月20日頃、完熟して収穫するのですが、もうツヤツヤと、マルマルなっています。 真ん中の鶯宿梅も、例年は5月20日頃から、エキス用の収穫をはじめるのですが、今年は連休明けには、加工がはじまるかもわかりません。 若しそうだったら、ずば抜けて早いのです。  右のいっぱい成った梅は、”雲水” です。 今年も例外なく一杯実をつけています。 

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4月21日 (火)   開園以来 一番早い収穫

今日は、宮崎日日新聞社からの取材でした。 今紅梅園は、経営の一切を次世代・孫の俊一郎へバトンタッチするため、私も後継者の孫も必死です。 例年より早くなりそうな収穫・加工の準備と、梅園の草刈作業も全員で取りかかっています。 
創業当初からの取材が一段落して、後継者の "くだり" に入って、後継者となった俊一郎のいきさつと、覚悟を聞いていると、「お客様・顧客の方々への責任が芽生えて、後継者を覚悟した」 とのこと。 又、お客様からお礼の電話やお便りが届くたびに、「責任を感じる」 とのこと。 一応、基本のめんは伝わったようです。
今年の花見の宴席で、紅梅園のフアンの方々の提案で、「百姓見習い」 から「専務」に格上げされた俊一郎の毎日は、「祖母と孫」の関係と、「社長と専務」の間で、「甘えては叱られ」、「たて突いては謝罪し」、毎日大変なのですが、一寸だけ安心しました。
傾きかけた夕日に、七年生の若い ”雲水”の実が輝き、私の大好きな柿 "ヘソ黒" の若いみどり葉の付け根には、発生したばかりの柿の蕾がいっぱいついています。 シソの苗畑では、雑草もシソと一緒に芽だち、雑草に負けそうな ”シソの双葉” を助けるため、明日は草刈を一時中断して、シソの草取りです。

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4月20日 (月)   小雨の ワラビ摘み

 夏日に近い晴れた日が続いて、今日は春雨らしい小雨。 音もなく気配だけの春雨なので、雨着を着るほどのこともないと思い、袋を持って梅園にワラビ摘みに入り、夢中で摘んでいると、しっとりとズボンの裾が濡れて冷たい。 摘むのを止めて帰りましたが、まだ皆さんに送るほどの量がないくで、今度はジャンバーを着て摘んできました。
摘んだワラビに薄いカンレイシャをかけ、その上からストーブで燃やした梅の灰をかけ、暑いお湯をタップリと注ぎ、しばらく置いて冷たい井戸水にさらし、出荷前に水気を切って、荷物のパッキン代用に詰めます。
このワラビは、昭和四十八年霧島山麓の栗野町、、今の湧水町の牧場を引き揚げて都城へ帰るとき、寂しくて一緒に持って帰り、梅園の二〜三ヶ所に植えたものです。 今では工場周辺の梅園一杯に広がっています。
梅の実も、グングン大きくなっていますが、今日は若緑の葉陰でおとなしくしています。

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4月18日 (土)   倒れて 実をつける梅

お天気つづきの梅園では、日に日に緑の新芽が伸びて、若い梅の実は若緑の葉陰で、クリクリと、毎朝目に付くほどの太りようです。
事務所近くの中原梅園で、一番早く台風で八つ裂きにされた、写真左の梅の樹は、横倒しの幹が皮ばかりの太い空洞になっていますが、横倒しなった翌年、幹から伸びた徒長枝が、今では毎年実を付ける梅の樹になっています。 
真ん中の写真は、緑一色の梅園に モニュメント のようになった枯れた梅の樹の "根っこ" です。 良く見れば見るほど、ほんとに神業のような、飽きない姿形で、生きているような暖かさもあり、緑の草に座り つくづく見ることもあります。 
右の梅の樹も、台風で "ドッタリ" と裂けた梅の樹ですが、緑の葉陰に折れ曲がった幹の中は、空洞のようになっていて、今にも "ドサッ!" と、幹が崩れそうなのに、良く見ると軽々と 今梅の実をつけ、伸びている梅が支えているようです。 本当に飽きることのない梅園です。

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4月17日 (金)   梅の樹は 枯れてもモニュメント

第一回目の草刈前の梅園に、枯れた梅の樹の モニュメントが、緑一色になり始めた梅園に、くっきりと目立ちます。「左の写真」  多分 "白モンパ病" にやられたのだろうと思います。 枯れたら枯れたで、ほんとに存在感たっぷりです。   
事務所前では、やっと根付かせたタンポポが、穂綿をたくさんつけて、地面にへばりつくように垂れているので、十時前後 パチリと写して、午後三時過ぎ畑から帰ってくると、何だかタンポポの穂綿がシャキッ! とした感じなので、又、パチリとシヤッターをきって比べてみたら、やはり、午後のタンポポは、シャキッ! となりつつありました。 「左のタンポポが午前の写真で、右が午後の写真」
タンポポは種が出来たら、風で穂綿の種が遠く飛べるように、花茎をまっすぐ立てるのだそうです。  驚きました!! タンポポの知恵に。 

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