8月16日 (木)
極暑の 生産作業
お中元の商品包装や発送で、お盆は目の前に迫り、梅園の草刈組みと、ダイレクト発送の準備に分かれて頑張りましたが、極暑に振り回されながらお盆にずれ込んで、私と後継者は休み返上でした。 それでも、夜は『迎え火』を炊き、『送り火』も炊きました。 毎年の事ながら、お盆と終戦の日が重なり、極暑も関係なく夜になると『クツワ虫』方言では(ガチャガチャ)と、その鳴き声(薄い羽をこすり合わせ 震わせながら出す)のけたたましさは、あの62年前の暑い夏の日と同じです。 さめざめと泣きたい年もあり、しみじみと仏前に手を合わせ、ご冥福を祈った年もあり、62年も過ぎたとはとても思えません。 私達は子供の頃、『自分の尺度 (価値観・主義・知識の範囲?) で人を測るな』『先ず相手の立場に立って考えろ』とか『言いたい事は明日言え、食べたいものは今食べろ』等など、昔の、、先人達の教えを思い出すのもお盆で、今年は雨の音のなかで、ぼんやりと身近な身内の人や、亡くなられたお得意様方と話すともなく向き合ってすごしました、夜だけでしたが、、、。 お盆があけて今日、畑に出てみたら、小松菜がいっぱいでていてびっくりしました。 一ヶ月近く前に種蒔きした小豆たちは、小松菜にうずまっていました。 小松菜のたくましい事!。わずか一週間で、種蒔きもしないのに芽を出して5〜6cmに伸びているのです。 『さすが小松菜!』と褒めてやり、さっそく味噌汁で戴きました。
左の写真は 小松菜にうずまった小豆。 次は小豆の周りの小松菜を味噌汁に抜いた写真です。
|
8月2日 (木)
台風被害
以前お客様から『小鳥の餌に無農薬の稗が欲しい。』とのご相談に、『自分の子供と一緒だな』と感じ、田の稗を一部残して収穫、お届けしました。 『ほんとに良く食べる』と、感謝のお電話に嬉しかったのですが、田に、残りの稗の種が散らばり、翌年は稗取りに大変な苦労をしました。 今度は、『粟なら?』との事でしたが種がありません。 『種』だけは残して置きたいと、かねて探していたので、『種を約2870粒、手に入れました』と届きました。『貴重品の種』ですから、『一部は試験場に依頼しよう』とも考えましたが、限りのある種に、依頼主への責任と、折角手に入った種の責任に、腹を据えて、自分一人で取り組みました。 1回目7月8日蒔いたのは、13日の4号台風で全滅。2回目は、季節がおくれるので、畑が乾くのを待ち、20日頃植えましたが、雨が降らないので散水までして、やっと間に合うと安心した矢先、ついうっかりして、気付いた時は、カンカン日照りに、小さな小さな5ミリもない、チリチリした粟の赤ちゃんの枯れた姿でした。 忙しい毎日の作業と、あの灼熱の暑さに参って、ついうっかりをしてしまったのです。 そして3回目、万一を考えて、種を残して置いたので、今度は、社員全員の目の届くところの、ハウスのトマトを犠牲にして、その後地に粟を蒔きました。 今、双葉の粟ですが、今日又、5号台風の予報です。 ハウスの台風対策を急ぎながら、私は生まれたばかりの粟に『今度は大丈夫!。ハウスが守ってくれるからね。ナイロンもかけておくからね』と、上からナイロンをかけて、四方を土に埋めてやりました。ハウスが吹っ飛んでも、地に張ったナイロンが守ります。 台風情報にシソも2回目を摘み、明日は台風が来ようと嵐が来ようと、工場の中ですから、梅干のシソ漬けをします。
|
|