12月2日 (水)
生きるために生まれた命
予定計画に遅れまいと、毎日一生懸命梅の剪定作業をしていますが、この頃 『自殺』 に関する報道が、疲れた身にこたえます。 私達の時代は、生きたくても生きられなかった時代でした。 戦場で、戦火で亡くなられた方々に対して、運よく生き延びられた私は、長い間心のどこかで申し訳なく思い続けてきました。 私は、命を掛けるならば、この世で出来ない事はないとさえ思っています。 自分で命を絶つなんて、勿体なくて仕方がありません。 何とか出来ないものかと、もどかしくてたまりません。 私の育てた梅達も、裂かれても、病原菌にやられても、たった一つの命、一度きりのチャンス、ひたすら生きる事への執念というか、ひたむきな姿が愛おしくてたまりません。 左の写真の梅の姿は、手前半分はずっと前、裂かれて朽ちてしまったのです。 真ん中の写真で解るように、朽ちてなくなった後の空洞を、新しい根が包むように太りながら、再生しています。
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