Diary 2008. 11
11月30日 (日)
地上10m? に熊蜂の巣
昨日の剪定作業も、松の防風林の梅園でした。 松に取り付いた カズラ が気にかかり、ふと見上げたカズラの中に、丸い大きなボールの様な物が張り付いているので、 『何だろう!何だろう!』 と見上げながら騒いでいたら、あんな高いところから聞こえたのか、大きな熊蜂(大スズメ蜂)が ぞろぞろと這い出してきて、円盤のような巣の上を、グルグルと回り始めました。
どうしましょう。 俊一郎は25日から27日まで、盛岡の藤原養蜂へ日本蜜蜂の巣の確保や、飼育法の勉強に行ったばかり、、、熊蜂に狙われたら蜜蜂はひとたまりもありません。 私は30年ほど前、西洋蜜蜂を3箱飼っていましたが、熊蜂に見つかって助けられそうになかったので、高岡の人に差し上げて移動させた事があります。
梅園は今 やわらかく豊かなハコベ草に敷き詰められ、台風の陰になって生き残った松は、真っ青な青空に伸びて、本当に豊かな自然いっぱいなのに、土手の中に巣を作るとばかり思っていた熊蜂が、どうしてあんな高い所に巣をかけたのか、、 印度の人質事件や国内の連続殺人事件など、考え事や悩みの多いところに、、と、溜息が出ます。
左は 台風の当たらない方角の米松。 中が 大スズメ蜂の巣? 多分そうだと思います。 右は歩けば極上の絨毯以上に フカフカで 柔らかい感触の梅園の土です。
11月28日 (金)
二つの 命の選択
梅の植栽当時、梅園の防風のため松を植えた区画があります。 日本在来の黒松・赤松は、松くい虫の被害が猛威を奮っていましたから、森林組合長のすすめで、『べい松』 を植えました。
その松がノッポになり過ぎて、台風に吹き裂かれた生き残りの松に、カズラが巻き付いていましたが、きれいに梅の剪定が進むにつれて、クローズアップされたところ、ビックリしました。
左の写真は びっしり巻き付いて栄えるかずら。 真ん中は 地上2メートルの高さのカズラの幹?、 右は 根っこの少し上を、上下切り、真ん中を ”パカッ!” と取って、かずらを枯らし、絞め殺されそうになっていた、松を助けることにしました。 カズラは、まだ5本の松にも巻き付いているのです。
11月26日 (水)
梅の 雲水
今日ご紹介する梅は、45年前ビンクの花をつける鶯宿梅の苗木の中に、1本だけ白い花の咲く梅の樹がありました。 他の梅が ”晩霜” 打たれて収穫量が半減したり全滅しても、この梅だけは毎年 ”パッチリ” 成るのです。 毎年豊作なので、梅の樹は大きくなれず、小ぶりの樹に一杯実をつけてくれて、何時の間にか、私達の間で 『馬鹿は風邪をひかない』 のことわざからか、『馬鹿梅』 と云う愛称がつきました。 その 『雲水』 の今の姿です。
左は 真ん中に ”空洞” が出来はじめた根っこ。 真ん中は全体の姿、右は正面から見た根っこです。 この苗木は四国から着ましたから、接木の台木で、四国在来の ”野梅” だろうと考え、叉沖縄でお会いした方のご縁もあって 『雲水』 と名付けたのです。
11月24日 (月)
私の ストレス解消法
『もう駄目!』と、思うところまで疲れきったところで、昨日の雨、、雨の日は剪定作業は出来ないので、私のための慈雨でした。
今日は、先ず心のストレス解消を、、と思い、剪定の弟子達は先に出発させて、庭を一巡りしました。 在来種の ”リンドウ” が一番綺麗な時期で迎えてくれ、軒下の片隅には、寒蘭の ”北薩の誉” が満開になつていました。
りんどうは、外来の草に押しつぶされて、たった一本になってしまいました。 『北薩の誉』 は、昔ほしかった頃、、昭和40年代には、一芽百万とも二百とも言われ、『馬鹿みたい』 と思った時期もあり、何時の間にか忘れていましたが、ご縁あって7〜8年前、 ”ただ” で頂きました。 物々交換と申し上げて、梅干と杯肉エキスをお礼に差し上げましたが、やはり ”縁” があったのだと思うと愛しいです。
左は 野リンドウ、真ん中は 北薩の誉の寒蘭です。 右は一昨日終わった 鶯宿梅の2号地、防風林に ”米松” を植えたところ、高くなりすぎて防風の役目を果たせず、梅は台風にやられました。 『何故松を植えた?』 と聞かれますが、私が 『松風の音』を聞きながら作業をしたい、なんて思った ”天罰” です。
11月20日 (木)
青い空と 久しぶりの寒
今年は急に 寒くなって、剪定作業の寒さは困りますが、梅や野菜のことを考えると、”助かった” と思いました。
夕方5時になると、急に太陽が真っ赤に輝きながら、アットいう間に山の向こうに沈み、梅園はしんしんと寒さが身にしみてきます。 『帰るからねー』 と声をかけて、私はひと足先に帰ってきたところ、机の上にリンゴ箱の贈り物が置いてありました。 心当たりがないので、びっくりして送り主の方に電話したところ、 『地震のお見舞いが嬉しくて、心ばかりのお礼です』 との事。 紅梅園のお得意様からでした。 お得意様へのお見舞いは当たり前なのに、、。 心苦しく思いながら、真っ赤な、密の一杯詰まったリンゴを、美味しさと嬉しさと、有難さや感謝も一緒に、みんなでパリパリ頂きました。
何時ものように、お礼の絵手紙も置いてありました。 『美味しいお野菜をいろいろ有り難う御座いました。食の安全性が問われる昨今、安心して口に出来る幸せをつくづく感じます。 紅梅園の梅干は、毎日のお弁当に欠かせない一品です。 どうぞお体に気をつけて梅を育てて下さい。 有り難うございました。』
パソコンに向かって記録を打ち込みながら、熱いお茶を飲みながら、足腰の痛さ、つらさはそれなりに素直に 『アイタタ! アー!』 と言いながら、本当に感謝の一日のおわりでした。
『終身現役なんて真っ平!』 と言ってみたり、終身現役で、”頑張ろう!” と、意気込んでみたり、80歳ともなると、元気でさえあれば、気楽に言いたい放題、わがままが言えて、 『幸せだなー』 と思います。
今日お披露目の梅の樹、左が全体像、中が日当たりの悪い側の根っこで ”サルノコシカケ”も、右は表側の根っこです。 本物は、見飽きない逞しさです。
11月14日 (金)
今日の
毎日毎日 明けても暮れても 梅の剪定、、。 ただ剪定が終っただけづつ、一本一本きれいに様変わりしてくれるので、つい夢中になってしまいますが、夜は、肩も腰も痛いです。
昨日から今日の作業の中で、一番気になった梅のご紹介と、綺麗な赤のカラス瓜、夏は、葉っぱがつるとなって梅に這い上がり、太陽をさえぎって梅の邪魔になるのですが、『種の保存?』 で見逃しています。
左の梅は、一番条件の悪い場所に植えられ、 『骨と皮?』 だけで、やっと生きている感じでした。 次は、梅の 『イナバウァー?』、素晴らしいです。 これでも梅の実をつけています。
11月11日 (火)
メインの 財部梅園
雨の予報でしたが、雨は昨日でずり上がったようなので、一応雨具の用意をして、財部梅園の剪定でした。 梅が収穫できるようになったばかりの育成園で、二人は今日も剪定の 『特訓』 でしたが、午後からは、後継者の俊一郎がなんとか大丈夫と思えたので、私は 『臥竜梅』 の様相を見せ始めた梅の剪定に移りました。
写真左は、 台風で八つ裂き? にされた梅の、再生の姿、 真ん中は剪定後。 もう実をつける (次世代?) の梅です。 右は、朝食の窓越しに見える、我が家のささやかな ”紅葉”、黄色は自然薯、赤は ”うるし(ハゼ)” です。 このまま一回目の霜で、パラリと散るはかない紅葉。
11月7日 (金)
1町3反の 剪定終了
一番遠い荒川内梅園の 剪定作業が終わりました。 1町3反 (3.900坪)、梅の樹が約400本、10月の末までに済ませる予定でしたが、剪定は不得てな女性社員ばかりで、私と後継者の俊一郎が主力でした。
しかし、今月11月から、元気な男性社員が入社しました。 動く事が大好きと言う、蛯原洋平 27才です。 今日から早速剪定作業の特訓でしたが、ついでに、俊一郎も、剪定の ”奥義?” の特訓でした。 急がないと私は来年 80歳になるのです。 自分でもびっくりですが、梅の樹たちも、心配していると思います。
最後の畑 (右)は、切り落とした枝の始末が残りました。 焼くのは止めて、今年から暖炉に利用しようと思い、暖炉を設置したのです。 ガスや電気の暖房は止め、少しでもCO2を減らす工夫と努力をしようと思い立ったのですが、私の給料20%、19ヶ月間の投資でした。
11月6日 (木)
旅の写真を もう少し..
紅葉と時雨の白川郷..。 子供の頃の故郷が思い出され、故郷に帰ったようで、心身ともに時雨に包まれました。
昔も今も、同じ故郷の中に住んでいるのに、社会の流れが速すぎて、変わりすぎて、故郷は心の中、、思い出のなかでしたが、白川郷は、7〜80年前の故郷そのままのようでした。
写真は 昔の故郷の雰囲気そのままの白川郷の家々と、右は、私達を一日中案内して下さった、元 人事院の課長さん。 ボランテアでリフレッシュ塾の臨時スタッフです。 紅葉の山を背景に1枚と思いシャッターをきったのですが、私達高齢者の世話で、すっかり疲れて、大あくびのお姿が入っていました。 心から感謝し、申し訳なく思っています。
11月5日 (水)
食と命と 心意気
10月から始めた梅の剪定作業。 最初の意気込みは良かったのですが、下旬にはいると食が細り、美味しいものが少なくなり、とうとう膝の関節まで張り始めました。
そこで、前々から誘われていた飛騨小坂の 『森塾』 のリフレッシュ研修に行くよう、後継者達が申し込みをして、交通券まで用意し、森塾関係の知人からも、ひそかに ”付き添いの人” まで用意され、研修に参加しないと不義理になるように仕掛けられて、『至れり尽くせれ』 の研修に行って来ました。
廻りの方々に、超最年長者と云うことで大事にされ、夕食は料亭で地元の食材料理、お酒もとてもとても美味しく、初めてお会いした方々と話も弾んで、皆さんも私自身もがびっくりするほど、食べて飲みました。 次の日 ”後期高齢者” 二人は、時雨に包まれた白川郷へ案内していただき、谷川の紅葉や周りの山々の紅葉など、本当に別世界の終日でした。 夕食は、皆さんと叉昨夜の料亭、様々の美食に熱燗のお酒、出会いの喜びと幸せに酔いしれて、最高のたびでした。
旅の疲れで、梅の剪定は? というと、その翌日から食事は美味しいし、仕事はリズミカルに進むし、つくづくと、食と命と、心の元気は一緒だと思いました。
左は紅葉の山々、真ん中は、紅葉の白川郷の谷川、右は、紅葉の最後に登った谷川の岩山です。
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